現状維持というキーワードから僕は福岡伸一氏の著書『動的平衡』を思い出していた。
福岡氏は『生物と無生物のあいだ』で有名な生物学者であるが、その『動的平衡』の中では、生命活動というものは常に何かが入ったりまたは出ていったりしているが、見た目には大きな変化が起こっているようには見られない、動的であるが平衡状態にあるものである、と述べていた。その概念は「八年で人間の全ての元素が入れ替わる」と言っていた高校生物のM先生の記憶とあいまって、僕の中ではかなりしっくりくる概念として心に残っていた。
ここで大泉氏が「現状維持でいいと思った男に現状維持ができるのか」と言ったことに関して、僕は現状維持は平衡状態と同じなんじゃないか、と思った。多くのことを得て、多くのことを失いながら、それでも前向きに生きていく姿、しかしながら他人からは「いつもの大泉君」と思われる姿、それが彼の言う本当の現状維持なんだろう、と。
実際、このエッセイを読むまで僕の中の「大泉洋」のイメージは良くも悪くも維持されていたし、大泉氏の「楽しみたい、楽しませたい」という欲望(気持ちというより、欲望)がある限り、そのイメージは「現状維持」され続けられるだろうと思う。動的平衡状態の生命体として、その姿は文字通り生き生きとしているに違いない。これからの活躍にますます注目したいところである。
ちなみに感想回冒頭「なりたくん!」と言ったのは本当は大泉洋のモノマネのつもりだったのだが藤村Dだと勘違いされてしまった。僕のモノマネの精度の低さ、そしてナリタ氏のストライクゾーンの狭さはホンタナ開始以来全く改善されていないが、これにめげずに続けることでホンタナの現状維持ができることもまた事実なのである。(タナカ)